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東京高等裁判所 平成6年(ネ)3746号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。

理由

一  請求原因1、2及び3(四)(1) の各事実並びに控訴人が被控訴人らに対し商法二八〇条ノ五第一項所定の通知をしなかったことは、当事者問に争いがない。

二  右当事者間に争いがない事実〈証拠省略〉によれば、次の事実が認められる。

1  控訴人は、昭和五四年三月二八日設立された接着剤の製造及び販売、ゴム製品の販売等を事業の目的とする株式会社である。控訴人の発行する額面株式一株の金額は五〇〇円、発行する株式の総数は四万株であるところ、設立当初の控訴人の発行済株式総数は一万株、資本金は五〇〇万円、その後、昭和五七年四月一日に増資されて発行済株式総数は二万株、資本金は一〇〇〇万円となった。

2  平成三年三月当時、控訴人の発行済株式総数は二万株であったところ、株主及びその持株数は、勉(四四〇〇株)、被控訴人淑雅(七五〇〇株)、被控訴人陽子(二九〇〇株)、被控訴人合同ゴム(四〇〇〇株)、赤尾(二〇〇株)、ケミカル化工株式会社(一〇〇〇株)であり、右株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定款の定めがあった。また、その当時の取締役は、勉、信夫及び赤尾の三名で、勉が代表取締役であり、監査役は、被控訴人淑雅であった。

3  控訴人は、昭和五七年に工場、事務所、倉庫、地下タンクを作り、昭和六〇年に倉庫を増設し、平成元年に地下タンクを増設するなどの設備投資を行い、その結果、平成三年三月当時、約一億三〇〇〇万円の借入金があり、その利息と元本の支払に年間約二五〇〇万円を要するため、運転資金に不足を来す状況にあった。

4  そこで、勉は、運転資金を調達して、この状況を打開するため、増資を計画し、同月ころ、知人の池田に増資の話を持ちかけたところ、池田が同年八月になれば二〇〇〇万円程度出資することができると答えたので、取りあえず自分が出資金を立て替えて増資をし、その後、新株を池田に譲渡して、立替金を回収することにした。そして、勉は、このことを控訴人の取締役で父親でもある信夫にも相談して、了承を受け、また、そのころ控訴人の顧問税理士である柴田稔から控訴人の株価の評価が一株二〇〇〇円前後であることを聞くなどして、発行する新株の数を一万二〇〇〇株、発行価額を一株一九〇〇円とすることにした。

5  控訴人は、同年三月二九日午前一〇時、控訴人の本社工場の会議室で、取締役の勉、信夫及び赤尾の出席の下に取締役会を開催して、新株発行に関する件を協議し、発行する新株の数は一万二〇〇〇株とする、右一万二〇〇〇株は勉に割り当てる、新株の発行価額は一株一九〇〇円とする、新株の申込期間は同年五月九日から同月二三日とする、新株の払込期日は同日とする、発行価額中資本に組み入れない額は九五〇円とする、株金の払込みを取り扱う銀行は株式会社武蔵野銀行久喜支店とすることを決議し、その旨の取締役会議事録を作成して、これに右各出席取締役がその各記名の名下になつ印した。その際、勉は、赤尾に対し、この増資の件を取引先に知られたくないので、しばらく他言しないように頼んだ。

6  その後、勉は、同年五月一日に控訴人の事務所を訪ねて来た池田から、他の株主にも、右の新株発行の件を通知したほうがよいとの示唆を受け、株主である被控訴人合同ゴム及びケミカル化工株式会社の各事務所に電話をしたが、留守のため連絡が取れなかった。そして、後日、被控訴人合同ゴム及びケミカル化工株式会社は、合同でシンガポールに社内旅行に行っていたことが判明した。

控訴人は、他に、右新株の払込期日である同月二三日の二週間前までに商法二八〇条ノ三ノ二所定の公告も株主への通知もしなかった。

7  勉は、同月二〇日、控訴人に対し、申込証拠金二二八〇万円を添えて、新株一万二〇〇〇株を発行価額一株一九〇〇円で引き受けることを申し込み、右新株の株金の払込取扱銀行である株式会社武蔵野銀行久喜支店は同月二三日付けで二二八〇万円の株式払込金保管証明書を発行した。これにより、控訴人につき、新株の払込期日の翌日である同月二四日に本件新株発行の効力が生じ、控訴人は、同日付けで発行済株式総数三万二〇〇〇株、資本金二一四〇万円の増資の登記を経由した。

8  同月三〇日、取締役の勉、信夫及び赤尾出席の下に控訴人の取締役会が開催され、そこにおいて、勉の所有する控訴人の株式のうち、二〇〇株を信夫に、一万株を池田に譲渡することが承認された。勉は、同日付けで、信夫及び池田と右各株式の譲渡契約書を作成し、信夫からはその後すぐに譲渡代金三九万円の支払を受け、池田からは同年九月二日に譲渡代金一九五〇万円を銀行振込みの方法で支払を受けた。また、控訴人は、同年六月三日付けで、勉に六二〇〇株、信夫に二〇〇株、池田に一万株の株券を発行し、右各人はこれを受領した。

右事実によれば、控訴人は、平成三年三月二九日、取締役が全員出席して、取締役会を開催し、本件新株発行を決議し、株金の払込期日である同年五月二三日までに勉から新株一万二〇〇〇株引受けの申込み及び株金二二八〇万円の払込みがあり、翌二四日に本件新株発行の効力が生じたこと、その後、同月三〇日、勉は、引き受けた右新株一万二〇〇〇株のうち、二〇〇株を信夫に、一万株を池田にそれぞれ譲渡したことが認められる。

三  被控訴人ら主張の本件新株発行の無効事由について

1  被控訴人らは、本件新株発行についての取締役会決議は不存在であるか、又は取締役への取締役会の招集通知を欠いているから無効であると主張するが、前記認定のとおり、控訴人は、平成三年三月二九日、取締役が全員出席して、取締役会を開催し、本件新株発行を決議したものであるから、被控訴人らの右主張は失当である。

2  被控訴人らは、次に、本件新株発行についての取締役会決議が存在するとしても、それは、平成三年五月ころされたものであるから、控訴人は、改正法による改正後の商法二八〇条ノ五、二八〇条ノ五ノ二の規定の適用を受け、同法二八〇条ノ五第一項所定の事項を株主に通知しなければならないにもかかわらず、これを怠ったから、本件新株発行は無効であると主張するが、前記認定のとおり、右取締役会決議は、改正法の施行前である同年三月二九日にされたものであるから、本件新株発行につき、改正法による改正後の商法二八〇条ノ五ノ二、二八〇条ノ五の規定の適用はなく、改正法附則一四条により、改正法施行後も、なお従前の例によることとされる。したがって、被控訴人らの右主張は、その前提を欠き失当である。

3  被控訴人らは、また、本件新株発行については商法二八〇条ノ三ノ二所定の公告も株主への通知もされていないから、本件新株発行は無効であると主張し、これに対し、控訴人は、被控訴人らに対し、電話で本件新株発行について通知をしようとしたが、被控訴人らが不在のため、連絡が取れなかったにすぎず、控訴人は、被控訴人らが不在であることを知らず、知らないことに過失がないから、右の電話をした時点で通知はあったものということができると主張する。

商法二二四条は、会社の株主に対する通知は、株主名簿に記載した株主の住所にあててすれば足り、そのようにしてされた通知は、通常その到達したであろう時に到達したものとみなす旨定めており、右規定は、同法二八〇条ノ三ノ二所定の通知についても適用されるが、右規定が適用され、株主に対する通知がその到達したであろう時に到達したものとみなされるためには、右通知が発せられることが必要であることはいうまでもないところ、前記認定の事実によれば、控訴人は、平成三年五月一日、株主である被控訴人合同ゴム及びケミカル化工株式会社に対して本件新株発行を通知をしようとしてその各事務所に電話をしたが、留守のため連絡が取れなかったというのであるから、いまだ右通知が発せられたということはできないものといわざるを得ず、したがって、控訴人が右電話をかけたことをもって、本件新株発行について商法二八〇条ノ三ノ二所定の株主への通知がされたものと認めることはできない。そして、控訴人が他に同条所定の公告も株主への通知もしていないことは、前記認定のとおりである。

しかしながら、新株発行は、株式会社の組織に関するものであるとはいえ、会社の業務執行に準じて取り扱われるものであるから、取締役会の決議に基づき、会社を代表する権限を有する取締役により新株が既に発行された以上、右新株発行につき商法二八〇条ノ三ノ二所定の公告又は株主への通知を欠いていても、右新株発行は有効であると解するのが相当である。けだし、右規定による公告又は株主への通知は、株主にあらかじめ新株発行事項を知らしめて同法二八〇条ノ一〇所定の場合に新株発行差止請求をすることができるようにすることを目的とするものであるが、新株の発行は、株主との関係だけでなく、会社と取引関係に立つ第三者を含めて広い範囲の法律関係に影響を及ぼす可能性があるものであることにかんがみれば、新株の発行が右規定に違反してされてしまった場合に右規定違反を理由にこれを無効とすることは、会社をめぐる法律関係の安定性確保の見地から相当でないからである。そうすると、本件新株発行は、商法二八〇条ノ三ノ二所定の公告及び株主への通知がされていないことをもって無効と解することはできず、被控訴人らの右主張は採用することができない。

4  被控訴人らは、さらに、本件新株発行は、勉が控訴人における支配権を確立するため代表取締役の権限を濫用して行った違法なものであると主張する。

前記認定事実によれば、本件新株発行は、控訴人の運転資金調達を主たる目的としていたものと認められるが、他方、被控訴人らが指摘するとおり、本件新株発行の前においては、控訴人の発行済株式総数に占める勉の持株数の割合は、被控訴人らに比して低く、勉の控訴人における支配権は劣勢であったから、本件新株発行に当たり、勉がおよそ控訴人における支配権の確立を併せ意図していなかったともいい難い。

しかしながら、前記3に説示したところの趣旨からすれば、取締役会の決議に基づき代表取締役が新株を発行した以上、新株が著しく不公正な方法により発行された場合であっても、右新株発行の効力は左右されないと解するのが相当である。そうすると、本件新株発行は、仮に被控訴人ら主張の代表取締投の権限の濫用があることが認められるとしても、これをもって無効と解することはできず、結局、被控訴人らの右主張も採用することができない。

5  以上によれば、本件新株発行につき、被控訴人ら主張の無効事由はいずれも認めることはできず、他に、これを無効とすべき事由も認められない。

四  よって、当裁判所の右判断と異なる原判決は失当であるからこれを取り消し、被控訴人らの本件請求は、理由がないからこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井健吾 裁判官 吉戒修一 裁判官 大工強)

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